Whereabouts; by G.D.M.T.

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たまには、観光客などと言うものになってみる 《 2日め・二戸〜久慈〜野田村篇 》





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前回の記事に引き続き、9/14からの三連休を使った、2泊3日の東北への旅。

2日めは、三陸海岸のほうへと向かってゆきます。


今回の記事は、前回以上に・・・ 長くてクドいです。。。(んぷぷっ!)
なので、お時間のない方は、是非是非またの機会に〜〜♪(ホント、見てくださる方いなくなる・・な・・・(ボソ(笑)))



ではでは、もしよろしければ、こちら(←click!)から・・・どぞぉ〜〜♪



【今日の一曲】

小沢健二 『 ぼくらが旅に出る理由 』
http://www.youtube.com/watch?v=C_Hli9gW6-I







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早朝の二戸。

この旅の出発前、勢力が弱まるか、進路が逸れることを期待していた台風18号だったのですが、
その勢いを増しながら、日本列島に上陸することがほぼ決定してしまい。。。

二戸も、朝から曇り空で、ときおり小雨が混じりはじめてきました。














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とりあえず、久慈方面へ向かうバスを待つ間、駅前周辺をとぼとぼと歩きます。














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あ〜・・・ めちゃめちゃ好みの《うら淋しい空気感》(笑)やわぁ〜〜・・・














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いつものように、《蒼いモノ》があると、ついつい惹かれてしまいますぅ〜〜(=´ω`=)


・・・・・(時間を忘れて、とりとめもなくスナップ中)・・・・・


・・・ハッ!

そろそろバスに乗り込まなくっちゃ!!(・・こんなんばっかだな!(爆))














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まずは、先週最終回を迎えた朝ドラ・・・『 あまちゃん 』の舞台となった、久慈・小袖海岸へと向かいます。

ドラマでは、海のすぐそばに駅が登場しますが、実際にはこの海岸付近を電車は走っていません(^^;)
車で向かうにも、海岸へ近づくにつれて、車一台しか通れないほど極端に道が細くなってしまうため、
あまちゃん効果(笑)で観光客が多い現在は、許可車両や観光バスをのぞいて、通行規制が敷かれています。

それとは知らずに自家用車やレンタカー、バイクなどで来られた方は、途中から止むなくUターンすることとなりますデス。。。














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近くの港から、遊覧船も出てたんですね〜♪

・・・知らなかった〜〜 (;´Д`)〜〜っっっ!!

地元の方のおすすめは、海から見る小袖海岸の眺めだった・・・と後になってから伺いました(爆)
今回は、時間がないので断念。

雨脚は、この辺りからだんだんと強くなってきました。。。(T T)














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いよいよ、眼の前に北三陸の海が開けてきました!














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自分のなかで勝手に抱いていた(というか、期待していた)“北三陸の風景”といえば、
『青い空! そして、青い海!!』だったはずが・・・

どっからどうみても、冬の日本海(←あくまでもイメージです、ハイ(笑))的などんより重たい感満載・・で・・・














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そりゃあもう、『あれっ? うっかりカメラの設定を、モノクロモードにしてたっけ?!』なんて慌てちゃったほどデス(^^;)

・・・あ、まったくもって冴えない写りで、大変申し訳ありませんが(んぷぷっ!)、
コレは、《つりがね洞》という小袖海岸きっての名所中の名所らしいデス♪ 

このロケーション本来の(笑)・・・ 

『青い空! そして、青い海!!』だったときの様子は、下のリンクからお楽しみくださ〜〜い♪(・・投げた!(爆笑))
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/bc/Tsuriganedo.jpg














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小袖海岸では、9月いっぱいまで『 北限の海女 』と呼ばれる海女さんたちによる素潜り実演が行われます。














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てっきり年配の方々ばかりかと思っていましたが(スミマセン・・(笑))・・・

今年は地元の女子高生による『 海女クラブ 』の有志も、地元を盛り上げようと、
“リアルあまちゃん”とばかりに素潜りに挑戦したり、観光案内などをがんばってらっしゃいました(^^)














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とにかくモノ凄い人出で、しかも雨が本降りになってきたため、
辺り一面に咲き乱れる、それはもう、おびただしい数の傘の花、花、花。。。ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿アワワ

素潜り実演も、その傘と傘と傘と傘と・・・(どんだけ〜♪)・・・の間から覗き見るような具合で・・・
なんとか撮れた写真も、コレっくらいでしたね〜。。。 

お、でも偶然にも『 ・・・穫ったど〜〜〜!! 』な瞬間でしたっ♪














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屋台で『 ま〜め〜ぶ〜〜♪ 』(←by あんべちゃん(笑))汁を買いました。

ちゃんとしたお店で食べると、具も味付けも過剰に盛り気味(笑)になるらしく(・・ソレはソレで、興味ありますケド)、
実際に地元で食べられてる素朴なモノは、これが味も見た目も一番近い・・・とのことでした。

採れたて新鮮な生ウニも是非とも食べたかったんですが、実際のウニ漁は8月で終っているそうで、
その日に提供される分のウニは、買うために並んでいた列の途中で品切れにぃぃ・・・(´;ω;`)ブワワワワッ!














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失意のまま、ふと小高い場所を見上げてみると・・・

ストーブさんの監視小屋・・・ハケーーー(〃▽〃)ーーーンッッ!!(・・わがるヤツだけ、わがればイイ(←by 花巻さん(爆)))














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あんなこと〜・・・ こんなこと〜・・・ があった、
おなじみの・・・ あの『 灯台 』もみえたーーー(〃▽〃)ーーーっっっ♪(・・わがるヤツだけ、わがればイイ(←by 花巻さん(2回め)))


しっかし、どこにカメラ向けても今日はショボさが3割増しだ・・な・・・(ボヤくよね〜♪)

せめて、空がもうちょっとだけでもドラマチックだったら・・な・・・(つくづく腕がナイことの責任転嫁〜〜♪♪)














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他にも、あまちゃんの名シーンを彩ったロケポイントは、アッチにもコッチにもわんさかあったものの、
どこもかしこも、記念撮影のために黒山の人だかり・・・ 

どうしてもそういう場所には背を向けてスナップしちゃう、天の邪鬼なずぶん(笑)でありました(^^;)














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雨が更に強まるなか、小袖海岸を後にして、ここも訪れてみたかった場所・・・ 野田村へ入ります。














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海岸に沿って、ポツリポツリと立っている、枯れた松の木。
なんの予備知識もなく此処を訪れたならば、単に『殺風景』な場所だなぁ・・・と通り過ぎていたかもしません。

でも、これは文字通り・・・『 “殺”された“風景” 』であるわけです。














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地元の方に訊いたお話によると、松の立っていた海岸沿いから、バスで走っている道を挟んで広大な更地となった向こう側まで、
3.11以前はたくさんの住宅が立ち並んでいたのだそうです。














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1933年におきた三陸津波の際の教訓として、野田村は当時、この海岸沿いに陸側から海がまったくみえないほどの、
高さ約15m・およそ10000本近くのクロマツを“防潮林”として植林しました。

「これでもう、どんな津波がきても大丈夫だろう」 村人たちはそう信じ続け、安心しながら暮らしていたといいます。


しかし、あの日。

 
本来、村を護るはずだったその大量のクロマツは、その高さを軽々と越えてきた、あまりに巨大な津波に倒され、押し流されて、
わずか20本余りを残しただけのすべてが《凶器》の束となって、一気に村を襲いました。

クロマツの背後に広がっていた家屋、村全体のじつに3割もが壊滅し、村民の大切な命もまた、ここでいくつも失われました。














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人口の少ない村の被害は、大きな町にくらべれば、たしかに数字の上ではグッと少なくなります。

それゆえ、数字だけを基に優先順位をつけられたことで、その被害の程度は“軽い”というふうに判断され、
全国紙はおろか、地元紙でさえも取材には訪れず、被害の実体が村から外へはほとんど伝わらなかったため、
大きな傷を負ったこの場所や、村人たちへの手当も、だいぶ遅れてしまったらしいです。

いつしか野田村は、『 忘れられた被災地 』と呼ばれるようになりました。

移ろいやすいメディアから伝えられることなんて、ほんとうのことの、ごくごく一部でしかなく、
野田村と同様、おなじときにおなじように起こった悲劇が、知らず知らずそこではいくつも目隠しされています。

そうしてみえなかったものは、忘れ去られるどころか、なかったものとさえされてしまう。


たしかに、そこに、あるのに。


http://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2013_0911.html














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『 うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる 』という言葉があります。


『 おなじ 』毎日のなかへ『 とくべつ 』がもたらす刺激は、日常をひととき輝かせる《光》や《希望》となります。
それを、熱狂的に追い求めようとする心の働き自体を、頭ごなしに否定はできません。
ましてや、思考停止に陥るために執行される、安易な《自粛》などは、もってのほかでしょう。

しかし、まずもって『 おなじ 』を取り戻さなければ、あるいは日常が日常として在ることができるレベルに、
いまこのときも、根こそぎ奪われたまんま、まだまだ近づけてはいない場所やひとが、この国のなかにはたくさん存在している・・・
同じ地平に立つ者として、その事実に、痛みに、関心を持ち続け、自らの内に問いかけ続けてゆく必要があるように思えるのです。

《遠くのできごと》だと、切り離したり、ましてや切り捨てて考えてはいけない。
無関係であると思うがゆえの《やさしさ》をあふれさせているだけでも、どうにもならない。


《いま》、なにをすべきか。 《いま》、なにをしてはいけないか。
《いま》でなくてもいいことは、《いま》でなくてはいけないことのために。 


「 片一方が相手のことなどお構いなしに、ただ引っ張りあうだけだと切れてしまう、頼りない“糸”。
  だから、お互いが半分ずつ、相手の力加減を考える必要がある。
  そうすることで、ようやく繋がることのできる結びつきを、『糸』に『半』と書いて、『絆』と呼ぶのではないか。」


そんなふうにおっしゃっていた方がいました。

本来、正しい語源に基づくものではありませんが、僕はこの解釈がとても好きなのです。


そうありたいと願います、心から。














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・・・えーー。。。 ご清聴、ありがとうございましたぁ〜〜(笑)


そんなこんなをブツブツとつぶやいているうちに、次の移動のための玄関口・・・ 三陸鉄道・久慈駅に入りました。

あまちゃんのなかでは、『 北三陸駅 』として使われてましたネ♪




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・・・と、もう1回だけ、旅行記を続けさせていただきます。


長々とお付き合いいただけている方、ほんとうにありがとうございます m( _ _ )m


次回こそ、モアベター・・かなっ?!(オオカミがくるぞぉ〜〜♪(爆)) 




ではでは、また〜♪



Bill Evans『 We Will Meet Again 』
http://www.youtube.com/watch?v=tgltKizovjg




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