Whereabouts; by G.D.M.T.

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グッド・バイ  -盆夏-



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きみはいま どこにいて  なにをして いるだろう












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ぼくは 木漏れ日抜けて  影と 戯れている












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きみは 笑ってるかな  なにを みているだろう












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いつか巡り会えたら あの話をしたいな  いつになるか知れない また逢えたならいいな












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きみを探しはしない 憶いは馳せるけれど












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ぼくは ぼくなりにゆく












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それが いま  できること ( タテタカコ「 君は今 」より )




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-Lately-



近ごろ 
僕にはずっと 奇妙な感情が つきまとっている

はっきりした理由なんて どこにもないのに
あなたを 失ってしまうのではないか という思いが
頭のなかを いつまでも 離れないでいるんだ


あなたが 香水の匂いを 漂わせている
「どこか特別なところへでかけるってわけじゃないのよ」と 云いながら

「すぐに帰ってきてくれるかい?」って 僕が 尋ねても
「しらない」「わからない」  あなたは そう 答えるだけ


僕は いつも たくさんのことを 望みすぎる男で
いまもまた どうかこの悪い予感が 外れてくれますようにと願ってしまう

けれど もう 結末がみえていることも わかっているから 
僕の瞳は いまにも涙が溢れそうな気持ちを 隠せずにいるんだ

きっと これが 僕たちの 《さよなら》に なってしまう


どうか どうか この悪い予感が 外れてくれますように
それを どんなに望んでも
瞳には 涙が溢れて とめることができないんだ


あなたに 《さよなら》を 告げなければならない
ほんとうは もう そのことを  ちゃんと わかっているから


http://www.youtube.com/watch?v=cnleH1EajFc









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母が突然他界してから7ヶ月がすぎ、はじめてのお盆が近づいてきました。










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葬儀以来、折々の法要をお手伝いしていただいている斎場の方から手渡された、
新盆の案内冊子に目を通すと、冒頭にこんなことが書かれていました。



『 新盆には、亡くなった方が、初めて里帰りを許され、懐かしい人たちに逢いたくて逢いたくて、
  たったひとりで、気の遠くなるような永く険しい道のりを歩き続け、やっとの想いで我が家へと帰ってくるのです 』



その最初の十数文字を読んだだけで、瞳からぽろぽろと涙が溢れてきてしまいました。

また、連絡先を存じておらず、母の逝去を知らせることができなかった母の友人の方々が、
今回の訃報を人伝てに訊かれて、「ぜひ新盆見舞いに伺いたい」といった旨のお電話をいただいた際などに、
電話のむこうで声を詰まらせ、「どうして・・・ なぜこんな急に逝っちゃったの・・・」と突然泣き崩れたりされると、
その度に、気持ちはまたすっかり母が亡くなった当時にまで逆戻りし、胸がぎゅうっと締めつけられてしまったりもします。

あたらしい季節が訪れれば、もう母はどこにもいないというのに、
「いまの時期は、何処其処へドライブに連れて行きたいな」とか、「旬の好物を一緒に食べたいな」、
「この花が咲いたのを見せてあげたら喜ぶだろうな」なんて言葉が、ついつい口を突いて出そうになりますし、
たった一度だけ母が夢に現れてくれたことがあって、その夢のなかで僕たちは、母が淹れてくれたお茶を飲みながら、
リビングでほんとうにどうでもいいような話を、げらげら笑い合いながら延々としていたのですが、
ふと我に返り、「あれっ? 母さん、どうして生きていて、ここにいるの?!」と、僕がうっかり声に出してしまったら、
まるで煙のように母がその場から一瞬にして消え去り、目覚めた後でとてつもない後悔の念に押し殺されそうになったり・・・


母が生活空間から姿を消し、会話も、一緒に摂る食事も、あれこれと生活のサポートをする必要も、
その一切がなくなった《あたらしい日常》に、もう随分と慣れてきたつもりではいたものの、
そうしたちょっとしたことを切っ掛けにして、心の空模様はいまだにいきなり曇り出してしまうのでした。



物云えぬハグも、言葉にできないだけで、どうやら僕とおなじ気持ちでいるように感じています。










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ねえ、ハグ。
お盆になったら、お前の大好きな母は、ほんとうに僕たちの家へ帰ってくるんだろうか。











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もしも帰ってきたのなら、話したいことや、訊きたいこと、謝りたいことなどが、山のようにあるのです。




それでも、もしも・・・ もしも、ほんとうに帰ってきてくれるならば・・・











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ただ、にっこり笑ってそこにいて、ハグの躯をやさしく撫でてくれさえすれば、それでいい。


それだけで、いいのです。




( 2015年8月7日 記 )





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-デイ・ドリーム・ビリーバー-



もう いまは 彼女は どこにもいない
朝はやく 目覚ましが なっても
そう いつも 彼女と 暮らしてきたよ
ケンカしたり 仲直りしたり


でも それは 遠い遠い 憶い出
陽がくれて テーブルに すわっても
いまは 彼女 写真のなかで
やさしい眼で 僕に 微笑む


ずっと 夢をみて 安心してた
ずっと 夢をみて 幸せだったな


僕は デイ・ドリーム・ビリーバー
そんで 彼女は クイーン


ずっと 夢みさせてくれて ありがとう


僕は デイ・ドリーム・ビリーバー
そんで 彼女が クイーン


http://www.youtube.com/watch?v=lx3Bkjmsf8I










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8月は、ひとりの日本人として、毎年特別な想いに包まれる月であり、
無性に、RC SUCCESSIONの『 カバーズ 』と、THE TIMERSの『 ザ・タイマーズ 』を聴き返したくなってしまいます。



この2枚のアルバムは、稀代のロック・スター / ポップ・スターだった“キヨシロー”こと、
故・忌野清志郎さんが、1988年から1989年にかけて制作・発表された作品であり、
特に『 カバーズ 』のほうは、洋楽の名曲に、キヨシローさんが主に《反戦》《反核》《反原子力》にたいする
自らの姿勢をストレートに表明した独自の意訳詞をつけたカバー集となっていて、
当初は、広島平和記念日にあわせて発売される予定であったものの、その内容があまりにも露骨で批判的すぎるという理由から、
原子炉サプライヤーであったレコード会社の親会社による圧力がかかり、発売中止を一方的に決定されてしまい、
その9日後の終戦記念日に、バンドの古巣だった別会社から急遽リリースされることになった・・・という複雑な経緯をもっていますが、
そんな“いわくつき”の発表から20年以上も経ったいまPLAYしても、音楽としての価値が古びるどころか、
むしろ、年月を経れば経るほど(3.11以降は特に)、その説得力はリアルさを増して、耳や胸に響いてくるようでもあります。


1988年といえば、世の中がちょうどバブル景気絶頂期のただ中にあたる頃で、
『 カバーズ 』の、社会的メッセージを直接的な言葉で訴えるというラディカルなコンセプトが、そんな時代にそぐわぬことは自明であり、
RC SUCCESSIONのデビュー当時からのファンをはじめ、おなじミュージシャン仲間たち、果てはバンドのメンバー内からさえも、
「この方向性にはついていけない」「ロッカーが文化人になってどうする」「らしくない」「野暮だ」といった
違和感や戸惑いをとなえる意見が多くあがったと言いますが、そんな評価や評判はどこ吹く風で、
翌年には、“新人”覆面バンドという形態のTHE TIMERSまで結成し、政治や社会を、過激に、徹底的に風刺しつづけたキヨシローさん。


なにがその頃のキヨシローさんを突き動かし、あるいは、後押ししていたのか・・・その理由の一端に触れることができる
キヨシローさん本人による手記が、彼の死後に発見され、「 ネズミに捧ぐ詩 」という一冊の“新刊本”に纏められており、
僕は普段なら、こうした《 有名人の墓荒らし 》的な商売をあまり好ましく思わないものの、ふと書店でみつけ、
立ち読みした数頁の内容が、いまの自分の琴線に触れるものだったので、そのまま購入し、何度も読み耽ってしまいました。











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キヨシローさんは、物心がつくまえに実母を亡くされており、そのことを知らぬまま、叔母夫婦の養子として育ったそうですが、
育ての母が他界し、そう時を置かずして育ての父も亡くなった1988年(奇しくも、『 カバーズ 』の録音を開始した頃)、
親戚がずっと預かっていたままだったという、実母の遺品と写真が貼ってあるアルバム数冊を受け取って、
そこで生まれて初めて、キヨシローさんは実母の顔を眼にすることとなり、
また実母が、戦死した最初の夫とやりとりしていた深い愛情がこめられ手紙や、
戦争に翻弄されながら、夫の無事を祈り、叶わぬ帰宅を願って詠んだ短歌の数々などに直に触れたことで、
(キヨシローさんは、そのことを“僕には、爆弾が落ちたみたいなすごい事件だった”と語っています)
自分のルーツや、我が身に繋がる者たちへの、歌では言い表わせない繊細な感情がどうしようもなく溢れ出し、
それをキヨシローさんらしい少しシャイな文体でもって、一気に書きなぐるようにしてノートに綴られたようでした。











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そんな育ての両親の《喪失》と、(遺品での)亡き実母との《再会》以来、
キヨシローさんは、“世界で一番可愛い顔”と云ってはばからない実母の写真を肌身離さず持ち歩き、
ステージでは、育ての両親の形見の品を衣装にとりいれてのぞんだとのことで、
そうした親子間の強い情愛へ向けられた《衝動》が、この手記が書かれたのとほぼ同時期である『 カバーズ 』における
きわめてストレートな表現・・・ 自分が纏わされているポップスターの虚像との大きな矛盾を抱えながらも、
いま云わずにおれない気持ちをそのまま、オブラートに包むことなく吐き出し、
世の中でまだ歌われていない歌を歌いながら、自分の道を探そうという決意に結びついていったそうです。











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『 ザ・タイマーズ 』に収録されている「 デイ・ドリーム・ビリーバー 」を、
僕はずっと、同棲していた女の子と別れたあとの男のキモチを歌った曲だと思いこんでいたのですが、
実はあれも、亡き母のことを強く憶うキヨシローさん自身の姿を投影した歌詞なのだそうで、
“夕暮れどきのテーブルで微笑む写真”は、《恋人》のそれではなく、母親の《遺影》だった・・・



そう思って聴き直してみたら、もうなんだか、どうしようもないくらいに、
歌詞のひとことひとことが、グッと胸に沁み入ってきてしまうのでした。











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さて、新盆に母が家に帰ってきてくれたかどうか・・・は、
葬儀の後のような不思議な出来事も特に起こらず、当然のことながら、実際にはわかりませんでした。











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ただ、お盆の間じゅう、ずうっと天気が雨模様だったのは、生前に大の雨女だった母のことを強く連想させましたし、
ハグとの夜の散歩から帰ったときの門灯のあかりが、いつもよりも明るく暖かに感じられたこと、
訪問された方々が他所から連れてきたのかもしれませんが、ホタルなどのいつもは身近で見かけない何かしらのちいさな昆虫が、
母の部屋に組んだ祭壇の周りで毎日みつかったことなどは、ひょっとしたらなにかの《sign》であったのかもしれません。











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たくさんのお客様にいらしていただき、代わる代わるに頭や躯をなでられて、ハグは毎日ご機嫌そのものでした。











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そうやって、とても賑やかで温かな時間を、微笑みながら過ごせたこと。











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それが、なによりだったような気がしています。




( 2015年8月17日 記 )


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